葛西との友情は取り戻したものの、スポーツチャンバラ対決に敗れ去ってしまったかーくん。葛西はかーくん店長の初仕事として『Tシャツ100枚手売り』を提案する。
その後、楽しくレンタル彼女とデートしたりしつつ……。
かーくんはTシャツ100枚手売りに挑む!
・
・
・
俺の名前は伊藤和輝。だけど、最近は『かーくん』って呼ばれてる。
最初はこのコラムの企画で無理矢理つけられたあだ名で、正直呼ばれるたびに照れくさい気持ちになっていたけど、もう慣れてしまった。
最近では「伊藤さん」って呼ばれても「え? 俺のこと?」ってなってしまっている。慣れたっていうのもあるけど、かーくんって名前で色々な試練を乗り越えてきたからな。
俺にとってはある種の誇りにもなっているんだ。
そして、前回。
葛西との対決を経て、この名前に『店長』が足されることになった。
『かーくん店長』。これが俺の新しい名前だ。
ちなみに『かーくん店長』として先日、急きょレンタル彼女とデートしたんだが……。
正直、楽しかった。
咲さんとのデートは最高だったと言っても過言ではない。
伊藤
「いやあ。楽しかったな。本当に。今度はどこのポ●●●センターに行こうかな……」
ついつい、願望が独り言になって漏れてしまう。
葛西
「ポ●●●センターのことを考えている場合じゃないでしょう!」
いきなり、後ろから声がした。振り返るとそこにいたのはもちろん、……サイコミ編集長・葛西である。
伊藤
「もう、葛西さん、びっくりさせないでよー。少しくらいは仕事中に別のこと考えたってさー。それに、あの取材だって業務だよ? 業務のことを考えてたってことじゃない?」
かつて、葛西と俺との間にはわだかまりがあった。
しかし、それも先日のスポーツチャンバラ対決と、その後の業務を経ることによって解消している。むしろ、最近ではめちゃくちゃ仲が良い。
葛西
「いつも明るいのはかーくんの良いところですけどね、次の仕事を忘れちゃうのは悪いところですよ!」
伊藤
「仕事? なんだっけ?」
葛西
「忘れちゃったんですか? コレですよ、コレ!」
葛西が取り出したのは一枚の白い布……いや、違う。これは……!
伊藤
「スサンデルタール人Tシャツ!」
そうだ! すっかり忘れていた。
葛西
「いよいよ今週末ですよ、『スサンデルタール人』Tシャツの手売り!」
伊藤
「……完全に忘れてた……」
葛西
「ちょっとー。しっかりしてくださいよ。店長としての初仕事なんですから」
伊藤
「いやー。ごめんごめん」
葛西
「しょうがないなあ。とりあえず必要じゃないかと思ってPOP作っておきましたから、これでも使って売り場を賑やかしてくださいよ!」
伊藤
「へえ! 気が利くじゃないの」
POPとは、商品陳列の際に目立たせるためにつくられるミニ看板である。
本屋さんとかでよく見るアレだ。
葛西はこう見えて敏腕編集者。スサンデルタール人の魅力を伝える素晴らしいPOPを作ってくれたのだろう……と思っていたのだが。
葛西
「じゃじゃーん!」
伊藤
「俺じゃん! スサンデルタール人、どこにもいないじゃん!」
葛西
「一応、ハッピの下に着てますよ?」
伊藤
「そういうこと!? ……それにしたって俺の割合が高いっていうか……むしろ俺のPOPじゃん……」
全高180センチ。ロゴをぬくと160センチ前後でほぼ等身大。俺のクローンである。
恥ずかしすぎるわ!
葛西
「これくらいやらないと売り場で目立たないかなと思って。それと、今後のイベントでも使えるかなって」
伊藤
「今後のイベントっていつやるんだよ……っていうか、こんな写真いつ撮ったんだよ……突っ込みどころが多すぎるよ……」
葛西
「この間、衣装合わせって話をして記録写真撮ったじゃないですか。その時」
伊藤
「あれかあああああ!?」
ただの記録写真の割には、随分と気合の入った設備だと思ったんだよな……。
サイコミ編集部……油断ならない……。
葛西
「今回のTシャツ手売り企画は、店長としての力が試されます。100枚って数字は大きく見えるかもしれませんが、かーくんならやってくれると信じてますよ!」
さりげなくプレッシャーを与えてくる葛西。
こういうところはさすがは編集部員を統括する『編集長』だなと思う。
伊藤
「……まあ、やれるだけやってみるよ」
葛西
「お盆休み最後の週末。たくさんの人でごった返す秋葉原! しかもアニメイト秋葉原本館といえば、数々の声優さんや作家さんがサイン会を行ってきた由緒正しい場所です! そこにかーくん店長が仲間入りするんです!」
伊藤
「確かに……なんか、緊張してきたな……。100枚売り切るのはもちろんだけど、一人でも多くの人にサイコミを知ってもらわないと……」
葛西
「そうそう。現在サイコミ夏フェス開催中ってことで、プロモーションうちわも作っちゃいました!」
伊藤
「準備がいいな! おい!」
葛西
「今年の夏は異常気象ですからね。屋内とはいえ、お客様も暑いでしょう。割としっかりしたうちわなので、今シーズン使ってもらえるかなと」
正直、葛西がこんなに手を回してくるとは……プレッシャーもあったけど、ちょっと感動もあるな……。POPやうちわも無料ではない。さらに、作るのにもそれなりに手間がかかる。俺が咲さんとのデートを思い返している間に、ここまで働いてくれるとは……。
葛西
「あとは、店長の仕事です。今回の『スサンデルタール人』Tシャツはファンの方からもリクエストの多かった商品です。ぜひ、多くの方に届けてあげてください!」
伊藤
「わかったよ……葛西さん、俺やるよ!」
その後も、丸山先生がTwitterと作家コメントで告知してくれたり……。
俺自身も個人的な友人たちに宣伝をしつつ……。
ついに、当日を迎えた!
――2019年8月17日 08:30
伊藤
「なんなの、この暑さ……」
到着早々、俺はバテていた。
搬入のためにレンタカーを借り、駐車場にINした時。
駐車場内の気温は36度を超えていた。
前日。台風10号は関西方面に甚大な被害をもたらし、東京もその余波があって最高気温は30度そこそこ。しかし、気象庁によれば今日の最高気温はそこから5度上がった35.5度だという。埼玉のほうでは38度を超える可能性もあり、「命の危険」があるとして不要の外出を控えるよう促されていた。
正直、不安である。
お盆の大型連休最後の二日間。
家族と共に涼しい場所でゆっくりしたいと考えるのが人情だろう。
伊藤
「……こんな中で買いに来る人っているのかな……」
ボヤキながらも会場のアニメイト秋葉原本館に辿り着き、気温を測るとすでに30度近かった。
それにもかかわらず、アニメイトの前は人でいっぱいで店員さんたちが列整理を始めている。
もちろんすべてがスサンデルタール人Tシャツのためということはないだろうが、お客様の熱気を肌で感じ、俺の中にある『やる気スイッチ』が入った。
シャッター横から店内に入り、地下一階の売り場を確認。Tシャツを設置する。
改めて『TSUYOSHI』のコメント欄を見ると、何人かのファンの方が買いに行くとコメントしてくれている。
こんな状況でも買いに来てくれる人のために、俺は最高の俺で……かーくん店長でいなければならないと、自分を奮い立たせた。
さらに、葛西の用意してくれた等身大パネルも設置!
店員さんたちと共に朝礼に参加させていただき……。
入り口横でTシャツを構えてスタンバイ!
そして……10:00!
開店と同時に人が溢れてくる!
早速お越しいただいたのは、『TSUYOSHI』ファンのお二人!
そして、『サイコミ』のファンと共に記念撮影!
その後も、順調に売れていくスサンデルタール人Tシャツ。
ファンの方にもお越しいただいたが、店頭で見かけて買ってくれる人もいて、驚きと共に喜びが溢れてきた。
正直、マンガアプリというのはお客様の顔が見えづらい媒体だ。
こうして直接、読者の皆様と接すること、人となりを知ることは少ない。
伊藤
「もっとこういった機会を作っていかないとな……」
めまぐるしく人が訪れ、Tシャツが売れていく。
さらに、二日目を待たずしてうちわの配布は終了した。
初日としては上々の滑り出しと言えるが、何人かの読者の方から「告知や場所がわかりづらかった」との言葉を受けて、俺は緊急で告知バナーを作成することとした。
少しでも多くの人に、この情報が届きますように!
そして迎えた二日目!
この日もまた、最高気温35.2度。連日の猛暑となった。
Tシャツは残りわずか。すでに7割が売れている。
この調子なら、時間内に完売してしまうだろうと、俺は正直、気楽に考えていた。
しかし、日曜日の秋葉原は意外にも人が少ない。
人によっては9連休だったお盆休みの最終日。全国的にも家で過ごす人が多かったようだ。
開店から2時間、ほとんど売れない状況に焦る俺。
そこに、頼もしい援軍が登場する!
『TSUYOSHI』の作者・丸山恭右先生である!
丸山先生の効果もあってか、そこからは一日目のペースを取り戻し、Tシャツは残り数枚となった……。
しかし、ここで売れ行きがピタリと止まってしまう。
売れ残っては、先生にも顔向けができない。
――俺は、ここで最終手段を使うことにした。
そう。同僚を呼ぶのだ。
しかし、あいにく今日は日曜日。
平日ではない以上、無理強いは出来ない。
しかも、多くのサイコミメンバーは夏休みを取っているか、交代のシフトのために出勤している状態である。
人によってはお盆休みのために実家に帰っていて秋葉原に来ることもできない。
実際、連絡を繰り返すのだが、返事もなく、既読すらつかない!
なしのつぶてである。
そうこうしていくうちに時間が過ぎていく。
たまたま通りかかってくれたコンビニ店員かつ『TSUYOSHI』ファンというお客様が2枚買ってくれて、あと1枚となった……。
既に販売終了時間である15時を越えているのだが、ここは売り切って終えたい。
泣きの追加1時間……。16時までに売り切れなかったら、あきらめよう……。
と、その時……。
???
「俺が来たっすよ~」
陽気な声と共に現れたのは……。
伊藤
「た、高橋!?」
コラムの第一回では俺のことをボロクソに言っていた、あの高橋である。
高橋
「あ、Tシャツ余ってるじゃないですか! しかも、ラスイチ? すげーラッキーです。俺が買っちゃっていいんですかね?」
伊藤
「いいよ! 今日は休日だもん!」
高橋
「やったー。それじゃ、お疲れ様でした! これから引っ越しの準備があるんで、俺はここで失礼します! あ、そうだ!」
伊藤
「どうしたの?」
高橋
「伊藤さん……いえ、かーくん店長! 今度、飲みに行きましょうよ! それじゃ!」
それは、あの日、俺が一番ほしかった言葉……。
伊藤
「そ、そうだね……!」
俺は、泣きそうになっていた。
やっと俺は、飲みに誘ってもらえたのだ……。
8月18日 15:55
俺は、俺たちは、ようやくこの時を迎えた。
スサンデルタール人Tシャツ、完売!
伊藤
「やった……やった!!!」
俺は、店長としての初仕事を成し遂げたのだ……。
この二日間は、多くの仲間の存在を実感した。
準備をしてくれた葛西。
会場を用意してくれた営業。
会場となってくれたアニメイト秋葉原本館さん。
告知を手伝ってくれた丸山先生。
そしてなによりも、買いに来てくれた多くのサイコミファンの皆様。
みんなみんな……ありがとうございました!
その夜、俺は『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』を読みながら眠りについた……。
――そして、翌日。
日曜日の次には月曜日が来る。
月曜日とは、平日である。
平日であるということは、通常業務がある。
……通常業務がある。
2日間合計15時間近くたちっぱなしだった俺の体は、ボロボロである。
伊藤
「店員さんってすごいよな。これを毎日だろ? 本当に尊敬するよ……」
『君に足りないのは筋肉だ!』の大石先生に教えてもらった筋トレは続けているものの、食事管理までは行き届いておらず、俺の体は軽くリバウンドしている。
伊藤
「ちくしょう。こんなことならダイエットのピークを手売りに持っていくべきだった……」
俺はつい、レンタル彼女とのデートの時に一番カッコいい体になるように調整してしまっていたのである。
伊藤
「はあ……仕事したくない」
つい、本音が漏れてしまう。
伊藤
「いや……ダメだぞ、かーくん店長。やりきった後こそ、いつも通り、ニコニコと、通常業務をやらなければならないんだ。今週の業務をやり切って、代休を取るまでが仕事なんだ……」
自分に言い聞かせつつ、扉を開くと……
サイコミ編集部
「「「「かーくん、Tシャツ完売おめでとう!!!!」」」」
伊藤
「えっ!? みんな?」
葛西
「Tシャツ完売おめでとうございます! これでもう、伊藤さんを、かーくんを、笑う人なんていませんよ! これからも一緒にサイコミを盛り上げて、読者のために良いマンガを届けていきましょう!
葛西の言葉に、つい目頭が熱くなる。
何度もくじけそうになったし、自分の弱いところと向き合うのには勇気が必要だったけど、やりきって良かった……。
感極まって動けずにいる俺に、石橋が笑顔を向けてくれた。
石橋
「……よし、みんな、胴上げだ!」
えっ!? 胴上げ!?
サイコミ編集部
「「「「わっしょい! わっしょい!」」」」
伊藤
「ちょ……危ない! 危ないって!」
言いながらも、俺の気分は有頂天である。
そうか。俺はやりきった……やりきったんだ!
だが、この時の俺は気付いていなかった。
一人の男だけが、俺を値踏みするような視線で見ていることに……。
――後日
俺は葛西に呼ばれて、会議室を訪れていた。
かーくん店長に、更なる仕事があるらしい。
なんでもやってやる。
今の俺なら、なんでもできる。
そう思っていた。
しかし、待てど暮らせど葛西は来ない。
さすがに連絡するかとスマホに手を伸ばしたその時、ドアが開き、一人の男が姿を現した。
???
「かーくん店長さんっすよね? 俺が来たからには大丈夫っす。一気にユーを、最高のアイドルにしてやりますよ。そう、この俺、プロデューサー・森がね!」
その男はサイコミ編集部・アイドル担当。
プロデューサー・森だった……!
「かーくん、店長になろう」完
「かーくん店長、激熱プロデュース編」に続く……!