『ケモノギガ』特別企画
『ケモノギガ』小石ちかさ 10000字インタビュー
『ケモノギガ』小石ちかさ
10000字インタビュー
今、ケモノが熱い。
『けものフレンズ』の大ブーム。
『メイドインアビス』の劇場アニメ化。
『BEASTARS』のテレビアニメ化。
マンガとアニメの世界は今、ケモノに席巻されていると言っても過言ではない。
世はまさに、大ケモナー時代。
我らサイコミも『群れなせ! シートン学園』のアニメ化を発表し、群雄割拠のケモノブームに切り込んでいる。
しかし、サイコミのケモノは『シートン』だけではない。
もう一つ、ケモノが好きな、あるいは興味のあるあなたにぜひとも読んでほしい作品がある。
『ケモノギガ』
癒し系ケモノタイトルではないこの作品を、忌避する読者もいるかもしれない。
しかし、この作品にこそケモノの神髄がある。
そのことをより多くの読者に伝えるべく。
我々サイコミ編集部は、ここ、静岡県・弁天島にやってきた。
- ▲東京から約2時間。浜名湖に隣接する弁天島が今日の舞台だ!
この地に住む『ケモノギガ』作者・小石ちかさに突撃インタビューを敢行するためである。
『ケモノギガ』の人気は凄まじい。
先日行われたサイコミキャラクター水着総選挙では『TSUYOSHI』のヒロイン・陳さんと、『シートン』のヒロイン・ヒトミちゃんを抑えて堂々の一位となった。
その直後に発表した豪華版の予約も好調。
加えて、この記事の掲載される10月5日から3日間は、既存話を無料で読むことが出来る。
本記事は、そんな『ケモノギガ』を読むためのガイドラインとなるべく企画された。
ぜひ、最後まで読み尽くしていただきたい。
梅
「いつになくマジメな始まりなのはいいんですけど、そのテンションで最後までいけるんですか?」
お。誰かと思えば『ケモノギガ』担当編集の梅さんじゃないですか!
いやー、正直、筆者としても不安ではあるんですけど、『ケモノギガ』の『重み』と『密度』がついついテンションをシリアスにしてまして……。
梅
「うーん。確かに『ケモノギガ』は情報量も多いし、シリアスで重たい部分もありますけど、それだけじゃないですよ。ユウとリコの会話は軽快ですし、舞台となる學園の行事にはビーチバレーみたいな楽しいイベントもあります」
確かにそうですが、これだけシリアスで緻密なお話を描かれる作家さんって、気難しいんじゃないかと思って、ついつい身構えちゃうんですよねぇ。
梅
「まあ、作者の小石先生は明るくて話しやすい人ですよ。心配ご無用です」
ところで梅さん、先生、ちょっと遅くないですか?
梅
「いや、定刻ですよ。小石先生は締切も時間も守る人です。ほら、聞こえませんか? 先生の『鼓動』が……」
梅さんが呟いた瞬間だった。
遠くから、大地を振るわせるような機械音がした。
それはまるで、ケモノの雄叫びのような……。
- ▲待ち合わせとなったリゾートホテルの駐車場を疾走する一台のバイク!
梅さん、もしかして!?
梅
「そうです。アレが先生の愛機ですよ」
昼にも関わらず眩しいほどのヘッドライト。
ケモノの視線を思わせるそれを放つのは巨大な鉄の塊と、
――それに跨る男だった。
- ▲バン!
- ▲バン!!
- ▲ババーン!
小石ちかさ(以下、小石)
「どうも、小石ちかさです」
おおおおお! この方が『ケモノギガ』の作者!
ケモナー界の帝王!
小石ちかさ先生!!!!!
小石
「帝王ではありませんが……『ケモノギガ』の作者です。今日はよろしくお願いします」
物腰柔らか!
ライダースジャケットと黒いバイクも相まってコワモテのイメージで語ってしまったが、その落ち着いた声色は紳士そのものである。
この方が『ケモノギガ』の作者!
あの、サインください!
梅
「ちょっと、興奮しすぎですよ。今日はお仕事なんですから、ちゃんとしてください」
そ、そうでした……。
……では、お仕事モードということで。
まずは読者の皆様に『ケモノギガ』の概要を説明させていただきます。◆◆◆《ケモノギガあらすじ》◆◆◆
そこは、人類種と、人ならざる怪者の共存する世界。
瞳だけ怪者、身体は人間である少年ユウは、人外種の学校紅杯學園イ号零組に入学する。そこは、ルールを外れた人外種を裁くために戦う生徒を集めた戦力学級だった!
ユウは、學園で知り合ったリコをはじめとする仲間とともに、謎多き人外種・マカツヒとのバトルに巻き込まれていく……!
人と、人ならざる者が暴れまわる學園異能ファンタジー。
それが、『ケモノギガ』なのです!
- ▲緻密に描かれたバトルは必見!
なお、ここからはじまる小石ちかさインタビューは『ケモノギガ』未読の方でも楽しめますが、読んでいる方のほうが100万倍楽しめると思います。ぜひ無料分だけでもご一読を!
●小石ちかさの第1柱『ツァラトゥストラはこう言った』
……ということで、読者の皆様の準備も整ったところで。
個人的にも聞きたいこと満載かつ時間もないので早速質問に入らせてください!
梅
「唐突だな!」
小石
「はっは。いつでもどうぞ! せっかくですので、このあたりを散歩しながら話を聞きましょう!」
- ▲弁天島名物・海に設置された鳥居を見つめる小石先生。インタビューは、弁天島の自然や名所、お店を巡りながら行われた。
では、一番聞きたいことから!
小石先生が『ケモノ』を描くのはどうしてなんですか?
小石
「いい質問ですね。実は、わたくしにとってケモノって、『戦う姿』なんですよ」
……え? どういうことですか? もうちょっと詳しく聞いてもいいですか?
小石
「ドイツの哲学者・ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』って本の中に、ケモノについて語った一説があるんです」
- ▲小石先生の私物。『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波文庫)。19世紀の哲学者フリードリヒ・ニーチェの代表的傑作である。言い切り型でズバンっ! とかっこいいことを言ってくれるところが読んでいて気持ちいい『読むドラッグ』である。現代に繋がる中二病的なカッコ良さと深さがあり、ゲーム『ゼノサーガ』シリーズのサブタイトルなどにも引用されるなど、多くのクリエイターに影響を与えてきた一冊。特に『創造者の道』の章は全編がクリエイター志望者に対する応援歌ともいえる。
小石
「『たいがいの人間には、握手するための手をさしだしてはならない。前足をわたせばいい。そしてわたしは、あなたの前足が猛獣の爪を備えていることを望む』」
うわあ。よくわかんないけどかっこいい……。
小石
「この一節を読んでわたくしは、ケモノの姿というのは、戦うための姿なのだと思ったんです。ケモノが爪と牙を備えているのは、自らの意思や正義を貫こうとしているから。わたくしの描くケモノの爪と牙は、戦うことの象徴なんです」
おお。『猛獣の爪』というワンワードからここまで引き出すとは、さすがですね。
確かに小石先生の描くケモノは、可愛さやセクシーさもありますけれど、それ以上に狂暴と言えるくらいの闘争心があるように見えます。
小石
「なので個人的には、ケモノを描くというより、生き物を描いているんだという感覚が強いんですよ」
その姿勢が、ファンの方から『動物っぽい人間じゃなくて、人間っぽい動物を描く作家』と言われる根源なのかもしれませんね。
小石
「確かに、そう言っていただけるのはうれしいし、しっくりくる表現です」
●小石ちかさの第2柱『Bloodborne』
いきなりニーチェという大哲学者の名前が出てきて、正直面食らっているんですが、小石先生が影響を受けたゲームとかってありますか? できれば、私が知ってそうなタイトルだとうれしいんですけど……。
小石
「もちろん多くの作品に影響を受けていますよ。『ケモノギガ』への影響で言えば、フロム・ソフトウェアさんの『Bloodborne』や、かなり古いタイトルですが『東京魔人學園』シリーズが一番大きいんじゃないでしょうか」
- ▲『Blooborne』2015年に発表された傑作アクションゲーム。ダークな世界観で国内のみならず海外にも熱狂的なファンを産んだ。『獣の病』に侵された怪物たちと戦うというストーリーや、プロジェクト発表時のタイトルが『PROJECT BEAST』だったことを鑑みると、2010年代を代表する『ケモノゲー』だと言っても良いだろう。『ケモノギガ』の戦闘シーンに多大な影響を与えているそうだ。
- ▲『東京魔人學園』1998年に発売されたゲームタイトルを皮切りに、コミックス・小説・ドラマCD・アニメなど様々な媒体でメディアミックスされたタイトル。学園異能バトルの金字塔の一つなのだが、三部作の最終作とされるタイトルはいまだリリースされていない。発表から20年経っても根強いファンが多く、続編を望む声が絶えることはない。『ケモノギガ』の紅坏學園の『學』はこの作品からきているらしい。
●小石ちかさの第3柱『からくりサーカス』
『Bloodborne』のケモノ要素。『魔人學園』の學園異能バトル要素。どちらも『ケモノギガ』の根幹に影響を与えているように見えますね。この二つのゲームにない要素……主人公が幼い男の子だという点は、先生のオリジナルですか?
小石
「そこは、マンガに影響を受けているのかもしれません。一番しっくりくるのは『からくりサーカス』です。わたくしは生まれ育った環境もあって、マンガをたくさん読むことは出来なかったんです。そんな中で、たまたま夏休みに祖父の家で『週刊少年サンデー』を読んで、『からくりサーカス』の主人公が塔から飛び降りるシーンにものすごく心を動かされたんです。漫画ってこんなこと描いちゃうんだ! 自由なんだ! って、すごく強く思ったんですよ」
- ▲『からくりサーカス』1997年から約10年にわたって『週刊少年サンデー』に掲載された傑作少年マンガ。ある日突然、資産家の祖父から莫大な遺産を引き継いだ少年・勝が、拳法家の鳴海や人形遣いのしろがねと出会うことで、歴史を覆す壮大な謎に挑むことになる。2018年にはテレビアニメ化もされ、世代を超えたファンを得ることとなった。後述の『一生残る恐怖と衝撃で、一生残る愛と勇気を(与える)』という言葉は、藤田氏と交流の深い島本和彦氏の『吠えろペン』に登場する、藤田作品を形容したものである。
あのシーンは序盤のクライマックスというか、あそこでこの物語が終わるんじゃないかってくらいの熱量がありましたね。
小石
「まさにわたくしは、藤田先生によって『一生残る恐怖と衝撃で一生残る愛と勇気』を与えられた一人なんです。あくまでこれは島本先生の作品の中に出てくる言葉で、実際の藤田先生のお言葉じゃないらしいんですけど……」
●小石ちかさの第4柱『平成狸合戦ぽんぽこ』
ゲーム、マンガと伺ってきましたが、映画とかアニメはいかがですか?
小石
「むしろ一番好きなジャンルですよ。物心ついて一番最初に好きになった作品は『平成狸合戦ぽんぽこ』ですからね!」
- ▲『平成狸合戦ぽんぽこ』1994年公開の長編アニメ映画。2018年、惜しまれつつもこの世を去った高畑勲監督作品。開発の進む多摩ニュータウンから追いやられた狸たちが人間に抵抗する様子を描く。子供が触れる最初の『ケモノ作品』としてこれ以上相応しいものもあるまい。
デフォルメされたかわいらしい造形は、『ケモノギガ』に強い影響を与えていそうですね。
こうしてみると重厚というか、長編だったり名作と言われる作品に多く影響をうけているようですが、昔からこういった作品を好んでいらしたんですか?
小石
「その話をするには、さきほどもちょっと触れたんですが、わたくしの経歴を話す必要があるかもしれません。わたくしは子供のころ日本にいなかったんです。生まれたのは浜松ですが、スキー選手の父に帯同してオーストリアのインスブルックに引っ越しました。物心ついたころに日本に戻ってきて北海道に行くことになり、それから10歳の時に浜松に戻りました。その後は専門学校に入学するために名古屋に引っ越し、一時は京都に住んでいました。浜松を軸にしつつも、様々な事情で転々としていたんです。引っ越しが多いとどうしてもたくさんの作品を持ち歩くことができません。自然と自分が本当に好きな長編であったり、何度でも見られる深いテーマの作品を吟味して読み込むようになっていったのではないかと思います」
そういった生活が小石さんを作っていったんですね。転々とする中で、漫画家を志したのはいつごろなんですか?
小石
「昔から絵を描くことは好きで、ずっと描いていましたし、作ることを仕事にしようと思っていました。ただ、絵を描くことを仕事に出来るとは思っていなかったんです。初めて意識したのは専門学校の実習で京都にいった時ですね。わたくしはその時、義肢装具士になるための勉強をしていました」
義肢装具士? 漫画家とはまったく別の、耳慣れない仕事ですけれども……。
小石
「いわゆる義手義足に関わる仕事です。親がスポーツ選手でしたし、わたくし自身、野球、サッカー、ランニング、スキーなど様々なスポーツをやっていたので、身体のつくりにはすごく興味があったんです。そこで、義手や義足を作ってみたいと思って義肢装具士を志したのですが……実習で初めて気づいたんですけど、実はこの仕事って、作る仕事ではなくてお客さんに合っている義肢を選ぶ仕事だったんですよ!」
それは確かに大きなズレですね!
小石「解剖学の勉強とか実習そのものは楽しかったんですが、実習を重ねるうちにやはり何かを作りたいという思いが強くなりました。それから絵を本格的に描きはじめて、浜松に戻ってきたころに、イラストの仕事を請け始めました。その中である日、とある雑誌の編集さんから『空きが出たからマンガを描いてみないか?』と声を掛けられたんです」
大きなチャンス到来!
小石
「自分としては必死でした。それまでマンガを描いたことはなかったので、本屋さんに行って『マンガの描き方』の本を漁って……なんとか描き上げたんですよ」
●小石ちかさの第5柱『月岡芳年』
本を読んだだけで処女作を描き上げてしまったというのも衝撃ですが、小石さんのスゴさはやはり、絵にあると思います。どうやって練習したんですか?
小石
「まず、わたくしの絵の基本は、月岡芳年にあるんです。この方は浮世絵師なのですが、江戸時代ではなく幕末から明治にかけて活躍した方で、描線が江戸時代の浮世絵師と近代の画家のちょうど中間で、独特ながらもすごくキャッチーなんです。わたくしはこの描線を練習して、マンガに取り込みたい、取り込もうとしているんです」
- ▲歴史絵、美人画、役者絵、合戦絵などありとあらゆるモチーフを描いて江戸川乱歩をはじめとする著名な作家から人気を集めた浮世絵師。幕末・明治を舞台に活躍したため、最新にして最後の浮世絵師であるといえるかもしれない。なお、こちらの単行本は小石先生の私物。中には月岡芳年氏の代表作が収められており、特に有名で表紙にもなっている『奥州安達がはらひとつ家の図』は人外と化した老婆と身重の女性との対峙を描いている。モチーフや魂においても小石作品のルーツの一つと言えるだろう。
確かにこの描線は小石先生の絵柄に似ていますね。
正確には、小石先生が似せているんですけど……。
梅
「動きがあって、ダイナミックで、色気がある。漫画に向いた線ですよね。小石さんがお一人で週刊18ページ描ける理由の一つが、この線にあるのかもしれません」
えっ!?
小石さん、連載をアシスタントなしでやられているんですか!?
小石
「以前はアシスタントさんにお願いしたこともあったんですが、結局自分の線に描きなおすことも多くて、今では一人でやっているんです」
描線だけでそんなに早くなるものですか?
デッサンとかレイアウトとかも大変だと思うんですけど……。
小石
「そこは、解剖学やスポーツの知識が活かされています。まず、わたくしの頭の中には、人体の骨格が3Dモデルのように入っているんです。そこに、ケモノの内臓や骨・皮・毛など、生き物のパーツを組み合わせてキャラクターをデザインします。ここまでできればそれを動かしながら描くので、早いんです」
普通に出来ることではないと思いますが、小石さんは出来るんですね……。
梅
「小石さんは、お忙しい原稿の合間にも筋トレをしていて、体調管理にも気を使っているのも偉いと思います。そうした積み重ねが作画に活かされているんでしょうね」
小石
「そうですね。筋トレが趣味で、摂取カロリーと筋トレメニューはノートに記録して、管理しています」
梅
「漫画家は体力勝負ですから、実益も兼ねた趣味ですね」
- ▲小石先生お手製のトレーニング&レコーディングノート。その日の摂取カロリーやトレーニングメニューが記されている。基本は『囚人トレーニング』と呼ばれる自重筋トレらしい。
●小石ちかさの第6柱『京都・原谷』
過去はもちろん、現在のすべてが創作に繋がっているんですね。
先ほどから小石さんと梅さんとのやり取りを見ていると、すごくスムーズです。
『ケモノギガ』はお二人で作った企画なんですか?
梅
「いや、私は小石さんのやりたいことをパッケージにしただけですよ。最初から小石さんの中に『ケモノギガ』はあったんです」
小石
「実は、『ケモノギガ』は温めていた企画だったんですよ。当時、京都に一人で住んでいまして……」
あれ? マンガを描いたのは浜松に戻ってからでしたよね?
どうしてわざわざ京都に?
小石
「京都なら、『人でないもの』が住んでいそうな気がしたんですよ。なので、京都の中でも自然の残る『原谷』という山間の集落に住んでいました」
- ▲原谷から見下ろした京都の街並み。京都駅からは烏丸線とバスを乗り継いで1時間程度。京都の北西部に位置し、原谷弁財天は平家の落人によって奉納されたという伝説が残されている。(小石ちかさ撮影)
写真を見ているだけでも天狗が出てきそうです!
小石
「京都という街は歴史もあるし、すごくきれいで、人外の伝承も数多く残っていて、たくさんのヒントをくれたんです」
- ▲京都を縦断する鴨川の夕暮れ。この陰影が『ケモノギガ』のイメージを作ったという。森見登美彦作品や、京都アニメーション作品など、様々な作品の聖地でもある。(小石ちかさ撮影)
●小石ちかさの第7柱『静岡・浜松』
でも、『ケモノギガ』の舞台は浜松ですよね?
京都に住んでいたなら、そのまま京都が舞台でもよかったんじゃ……?
小石
「……住んでいて思ってしまったんですよ。現代の人外は、京都みたいに開発された観光地からはいなくなってしまったんじゃないかなって。それで結局、浜松に戻ってきました。浜松には海も山も川もあるし、街もある。人外が紛れ込んでいそうな場所が全部そろっていたんです」
確かに弁天島には小石さんの仰るとおり、人外がいそうな気配がありますね!
- ▲弁天島駅からレンタサイクルで10分ほど走ったところにある漁港。空と海と街並みとのコントラストに、人外の潜むスキマがある。
小石
「そうなんです。バイクで色々なところを走っているだけでも、イメージをくれます。例えばですが、このベンチなんかは参拾話でセブンが座っていたベンチなんです」
- ▲参拾話でセブンが座っていたベンチ。弁天島観光案内所の真正面にあるので、聖地巡礼の際にはぜひお立ち寄りを。なお、遠出をする際には近くのプレハブでレンタサイクルを借りられる。
小石
「ちょうどこのベンチから見える景色が、参拾参話でユウたちが花火をみていたあの海岸線なんですよ」
- ▲参拾参話で花火の上がったシーンの参考となった海岸線。当該シーンは『ケモノギガ』内でも屈指のエモさなので、ぜひとも本編でご確認を!
本当だ! 夕暮れは綺麗でしょうね。
こうしてみると浜松という土地が、小石さんにたくさんのイマジネーションを与えてくれているんですね。
小石
「引力を感じますね。オーストリア、北海道、名古屋、京都、どこに行っても結局ここに帰ってきてしまう。どこにいっても『ケモノギガ』の聖地と聖地候補ですよ」
せっかくなので、代表的な聖地をいくつか教えてもらえませんか?
小石
「では、まわりやすいところを三つほどご紹介しましょう。まずは、佐鳴湖です。この湖の畔は、拾参話でユウとリコが訪れています」
- ▲拾参話でユウとリコが渡った橋。佐鳴湖はうなぎの養殖で知られる浜名湖の北東に位置する。浜名湖と同じように海から切り離されて出来上がった湖である。弁天島駅からはおよそ10kmほどの距離なので、レンタカーやバイクなどで移動するとよいだろう。
小石
「その近くの『カレーハウス ケララ』さんでは、拾参話に登場したハンバーグカツカレーが食べられます」
- ▲拾参話冒頭で登場し、読者の胃袋を掴んだ『ハンバーグカツカレー』。
小石
「食べ物繋がりで行きますと、弁天島の『DRINK&FOOD リーダー』では『牛100%ベーコンチーズバーガー』が食べられます。散策に疲れたらぜひ、召し上がってほしい一品ですね」
- ▲これまた参拾参話の冒頭に登場し、読者の胃液を限界突破させたハンバーガー。インタビュー終了後、小石先生とサイコミ編集部で美味しくいただきました。
ありがとうございます。今回教えていただいた佐鳴湖周辺と弁天島だけなら、半日もあれば回れそうですね!
小石
「それ以外にも背景に浜松のいたるところが出てきます。本当に良いところなので、スマホを片手に、『ケモノギガ』と見比べながら歩いてみてほしいですね。バイパス下とか、ちょっとしたところも『ケモノギガ』の背景に使っているので」
休みの日に『ケモノギガ』ウォークを楽しむのもよさそうです!
●小石ちかさの第8柱『京極夏彦』
では、そろそろインタビューも佳境ということで『ケモノギガ』読者が気になるであろう、少しディープな世界観の話も聞きたいと思います。
拾壱話で明かされた『認識素粒子』の話なんですが、この設定はどこから思いついたんですか?
- ▲拾壱話に登場する『ケモノギガ』世界の根幹を支える設定。『認識』は脳科学やSFにおける一大テーマであり、近年も多くの作品がこの壮大かつ身近なテーマに挑んでいる。
小石
「ヒントになったのは京極夏彦先生の『豆腐小僧双六道中』です。
- ▲『豆腐小僧双六道中』稀代の妖怪研究家・京極夏彦氏による妖怪小説。自らのアイデンティティーに悩んだ妖怪・豆腐小僧が各地を旅して様々な妖怪と出会う姿を、時に哲学的に、時にユーモラスに描く。
小石
「この中に、『妖怪は結果を説明するために存在する。いわば濡れ衣を着せられたものだ』という趣旨のことが書かれているんです。もしかしたら妖怪は人の思い込みが一定以上の閾値を超えた時に、その思い込みが形となって出現するのではないか。じゃあ、それを実現できる粒子があったらどうなるのかと考えて、認識素粒子が生まれました。そう考えると、わたくしたち人間ですら、そういった誰かの思い込みで生まれているだけなのかもしれない。『ケモノギガ』の世界は、そういう世界なんです」
おお。どうやら世界観の根幹に触れてしまったようですね!
小石
「そうですね。これから徐々に明かされる部分でもあるので、期待してもらえればな、と」
もう一つ伺いたいのは、非常に初歩的なことなんですが、『ケモノギガ』というタイトルの意味ですね。『ケモノ』はわかるんですが、『ギガ』は何なのか? ギガバイトのギガなのか、鳥獣戯画の戯画なのか……。
小石
「タイトルの意味は、最終回でわかります!」
なんと!
梅
「実は、私もあえて意味を聞いてないんですよ。読者と同じ気持ちで楽しむことも編集の仕事だと思っているので」
では、一読者として最終回を楽しみにしようと思います。
こうしてお話を伺っていて感じたんですが、やっぱり小石先生は『人間ではないもの』『人外』にすごくこだわりがあるんですよね?
だからこそ、京極夏彦さんのような『妖怪』の話にも興味を持ったわけで……。
小石
「わたくしの根本には、自分がいつも異邦人だったって感覚があるんだと思います。最初に住んだのがオーストリアだったので、今でも日本が外国のような気がしているんです。日本には妖怪がいるんじゃないかって感覚がずっとあるんですよ。常に異邦人でマイノリティーだった自分は、人よりも人ではないものに共感している部分があるのかもしれません」
そうか。人に追いやられた人外は、マイノリティーの象徴でもあるんですね。
小石
「今気づきましたけど、わたくしの好きな『平成狸合戦ぽんぽこ』も、タヌキというマイノリティーが追いやられていきつつも抗うという話でしたね。『ケモノギガ』のユウもそうですが、わたくしは、そういう異邦人が戦う姿を描きたいのかもしれません。そこに、もともと好きな少年マンガの持っている熱さとか、敵が味方になってどんどん世界が広がっていく感じを足して行ったってことなんだと思います」
その熱さというか、戦う姿勢には小石さんの中に強い意志と哲学を感じますね。
●小石ちかさの第9柱『岡本太郎』
小石
「言い忘れていましたが、わたくしは岡本太郎さんにもあこがれているんです。岡本太郎さんは、人間なのですが正しく『ケモノ』の爪を持った方だったと思います」
『自分の中に「毒」を持て』という本のタイトルからも、ニーチェにも通じる哲学を感じます!
- ▲岡本太郎。『芸術は爆発だ』という言葉で知られるアーティスト。手がけた作品は街のシンボルとなることが多く、大阪の『太陽の塔』、渋谷の『明日の神話』などが特に有名。なお、岡本太郎の母である岡本かの子の小説『金魚撩乱』はサイコミでコミカライズされている。
さて、かなり深いところまでお話を伺えました。
この記事を読んだ方には、漫画家・小石ちかさをより深く知ってもらえたと思います。
ちょうどこの記事が更新される10月5日から3日間、『ケモノギガ』の既存話を無料で読めるキャンペーンをやっています。最後に、小石さんが『ケモノギガ』において一番読んでほしいところを教えてもらえませんか?
小石
「作家が言うと気恥ずかしいですけど、やっぱり『目』ですね。漆話とか、拾伍話とか、節目となるイベントを超えるごとに、ユウの『目』が変わっていくんです。ここを見てほしいと思います。……梅さんはどこかありますか?」
梅
「担当編集としては、まずは気楽に読んでほしいですね。書き込みの多い絵とかグロさで敬遠する人が多いと思うんですが、中身はバトルものとして非常にシンプルですし、コミカルなところもある。それと、読んでいただいてる方はお分かりいただけると思うんですが、小石さんは今、いろんなことにチャレンジしているんです。話のスケールも大きくなるし、キャラクターも増えていきます。ユウとリコ、二人を軸にしてどんどん世界が広がっていくので、一緒に楽しんでほしいですね」
小石
「確かに、商業誌でなければビーチバレーであったり、學園対抗戦など描かなかったと思います。今、描いていてとても楽しいところですし、ぜひ読んでみていただきたいところですね」
少年マンガらしいストーリーで、ユウたちのいろんな姿が見られるのがすごくいいですよね。これからの『ケモノギガ』、一読者としても楽しみにしております。
本日はありがとうございました!
小石・梅
「ありがとうございました!」◆◆◆編集後記◆◆◆
当初はケモノのモフモフや、リコちゃんの可愛さについての軽いインタビューの予定だったのだが、いつしか話はディープで根源的な小石ちかさ先生のクリエイターズヒストリーへと進んでいった。これまでのサイコミコラムと比べても情報密度の高いインタビューになったのではないだろうか。
……それにしても弁天島という土地の磁力は強い。興味を持った方は、ぜひ『ケモノギガ』を片手にこの地を訪れてほしい。
- ▲弁天島の砂浜。夏には釣りや海水浴、潮干狩りも楽しめる。冬至の前後には海に建てられた鳥居越しに沈む夕日が見られるとのことなので、これからのシーズンもおすすめ。
それではまた、次のサイコミコラムでお会いしましょう!
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