サイコミ

サイコミコラム


「かーくん、主人公を知ろう!」前編

夏の連続サイコミコラム小説

「かーくん、主人公を知ろう!」前編



夏の連続サイコミコラム小説
「かーくん、主人公を知ろう!」

  • ※このコラムは(実在の人物、団体とは多少関係ありますが、)フィクションです。



    この物語を、すべての孤独な男たちに捧げる……!

登場人物紹介

組織図


  • ◆◆◆前回までの『かーくん』◆◆◆


    自称・サイコミを作った男・伊藤和輝は鍛えていた。
    80キロ寸前だった体重は徹底した食事の管理と『君に足りないのは筋肉だ!』の作者・大石先生による筋トレメニューで急降下。60キロ台まであと一歩。
    すべては上に立つ者にふさわしい「美しい肉体」を手に入れ、サイコミの『店長』となり、自らを出世レースで追い抜いた編集長・葛西とマネージャー・長谷川を再び部下とするため!
     しかし、あまりにストイックなその姿は編集部のドン引きを招き、コンサルタントである石橋からも「面白くない」と一刀両断されてしまう。


    「伊藤さん、他人に興味をもちましょう。そして、面白さを伝えてもっと周りをまきこみましょう。それこそが『店長』の仕事なのですから!」

    石橋の言葉に感銘を受けたかーくんは『無関心』な自分に別れを告げるため『無関心くん』がチャレンジしたリフティング30回に挑戦する!






  • 前回のコラムの最後、石橋はこう言った。

  • 石橋
    「らしくねェことやってみろよ。本当に店長になりたいならよ……」


    これは、サイコミにて好評連載中の『Forward!』第9話でスーパースターであるブッキが主人公に向かって言ったセリフのパロディである。
    (もしも読んでいない方がいればぜひともご一読いただきたいのだが、)『Forward!』の主人公は続く第10話までちゃんと名乗っていない。ずっと『無関心』とだけ呼ばれているのだ。


    そして、『Forward!』の主人公はブッキの挑発もあって『リフティング30回チャレンジ』に挑み……自信をもって自ら名乗ることが出来るのである。
    今でも思い出しただけでグッとくる『Forward!』屈指の名シーンの一つだ。
    しかし、自分がやるとなると話は別である。


    せめて、この企画にはブッキが必要……。練習方法すらわからない俺は、一人の男をブッキに見立てることにした。


  • サイコミプロジェクトマネージャー・長谷川である。
    俺を出世レースで追い抜いた仇敵であり、元部下。
    俺にとっては一番頼りたくない男の一人でもある。


    しかし、長谷川は小中高とサッカー漬けの毎日をおくってきた生粋のサッカーマニア。
    ワールドカップはもちろん、セリエAなどヨーロッパリーグもチェックしている。
    大きな大会の前後は激務をこなした後にサッカー観戦。ほとんど寝ずに出社……という鉄人的な生活をしているほどだ。


    奇しくも俺に一番足りていないのは「他者に面白さを伝える力」。
    どうしたら「面白い」と思ってもらえるのかはわからないが、長谷川の協力をとりつけることができたら、「伝わった」と言えるのではないだろうか。



    伊藤
    「あのさ……長谷川さん。折り入って相談があるんだけど」


    長谷川
    「ああ。リフティングの件ですよね?」


    伊藤
    「え? なんで知ってるの?」


    長谷川
    「そりゃあ、これだけ狭い編集部でのことです。耳にも入ってきますよ。1時間後でいいですか? 練習方法教えますんで」


    伊藤
    「あ、うん。ありがとう。助かる……」



    長谷川、情報収集能力すげえな。
    さすがはマネージャーと言ったところか。
    っていうか、こんなに簡単に味方になられたら、「面白さを伝える練習」にはならない気がするんだが……。


     ――1時間後

  • 伊藤

    「うんめええええええええええ!」



    俺は、狂っていた。
    カロリーに。脂質に。糖質に。



    伊藤
    「ドーナツは穴があいてるからカロリーゼロじゃあああああい!」
    (ちなみにそんなはずはなく、次の日から体重減少はピタリと止まった)


    うまい。うますぎる……。
    半月ぶりに喰うスイーツは、俺の体温を急上昇させた。
    久々の糖の塊……超効く!



    長谷川
    「運動の前には、それなりにカロリーが必要ですからね。食べ終わったらリフティングをはじめましょう」


    ドーナツ、うまい……すごい……。
    言語野からボキャブラリーが喪われていくのがわかる。
    これがマネージャーの技なのだろうか。
    人間、うまいものを奢ってもらうとついその人に懐いてしまうものだ。
    ……悔しいことに、俺は今長谷川に従いたくなっている!
    桃太郎につき従う犬の気持ちだ。
    おのれ長谷川……ずるいぞ!



    長谷川
    「さて、練習を始めましょうか」


    伊藤
    「わん! ……じゃなかった! はい!」


    とはいえ、今はふりでもいいから長谷川に従っておいた方がいいだろう。
    なにせ、俺は素人。長谷川は経験者だからな……。


    長谷川はサッカーボールを取り出すと、いつもの落ち着いたテンションのままにリフティングを始めた。


    その姿に俺は違和感を抱く。


    伊藤
    「あれ?『Forward!』でやってたのと、なんか違うな」

  • 長谷川
    「ああ。『Forward!』第10話では足の甲でリフティングを行っていましたが、柔軟性が足りない伊藤さんの場合には太ももで蹴ったほうがよいと思います」


    伊藤
    「ふむ……」


    長谷川
    「それと、高校生ほどの体力もないので、勝負は短期集中ですね。一日あたり一時間の練習が限度だと思います。それを超えると、ケガの原因にもなります」


  •  長谷川は軽快にリフティングを重ねていく。



    長谷川
    「無関心くんほどではないかもしれませんが、一週間で30回できるようになれば初心者としてはすごいと言えるんじゃないでしょうかね……」


    リフティングの回数を重ねるごとに、長谷川さんの動きが鋭く、すばやくなっていく。


    長谷川
    「とはいえ、伊藤さんなら30回くらいは余裕で出来るような気がしますし、無関心くんも結果的には50回出来るようになったわけですから……」


  •  長谷川は容易く50回のリフティングを終えると、ボールを会議室の床にそっと置いた。



    長谷川
    「まあ、目標は50回ということでいかがでしょうか?」


    んんんんん? いつの間にかノルマが20増えている!
    これが、長谷川の……マネージャーの話術である。
    こんな感じでいつの間にか、仕事の質と量が自然と増えているのだ!!!!



    長谷川
    「応援してますので頑張ってくださいね」


  • そして、とどめの笑顔である。
    これをやられると、NOとは言えない……。
    俺は、釈然としない気持ちでこう答えるしかなかった。



    伊藤
    「わ……わん」


    ――そんなこんなで一週間後


    この一週間、長谷川は忙しい仕事の合間を縫って俺にリフティングを教えてくれた。
    (この面倒見の良さも長谷川マネージャーのすごさである)
    もちろん俺も、毎日練習してきた。
    しかしながら、正直言って周りを巻き込む努力については怠ってしまったと言わざるを得ない。長谷川が常に先回りして俺の練習環境を整えてくれたからだ。
    俺はそんな長谷川の気配りに完全に甘えてしまっていた。


    リフティングを通じて、周囲を巻き込むのが今回の試練だったはずだが……。
    長谷川を巻き込めただけでもよかったとするしかないか……。


  • そして俺は、決戦の地・多摩川に降り立った。


    この日はあいにくの豪雨。
    他の地域では大雨洪水警報が出ていた。
    ここ多摩川も夕方には警報の対象となってもおかしくはない。
    俺に与えられた時間は僅かだ。


    なお、俺の隣に長谷川はいない。
     ――長谷川いわく



    「絶対に体調を崩さない自信はあるんですけど、わざわざ大雨の中、外に出る必要性を感じません。別に行っても絶対に体調は崩しませんけど」


    とのことである。
    必要性を感じないのならしょうがないが、体調を崩さないのなら応援だけでも来てほしいんだけどな……結局、俺は長谷川を巻き込むことすらできなかったということなのだろうか。


    ……天候も相まって、ついつい弱音が出てきてしまった。
    そうだ。少しでも明るくしなければ……!



    伊藤
    「俺はやり切る! 必ずやりきってやる!」


    麻生
    「いいっすねー。その勢いでちゃちゃっと50回終わらせましょう」


    ……この軽いノリ。正直、俺としてはいまいち信用が出来ない。
    今回、長谷川の代わりに来てくれたのは、編集部のリーダー的存在・麻生である。
    正直、俺は麻生が苦手だ。
    長谷川より前、俺が事業部の長をしていたころから一緒に仕事をしているのだが、こいつって軽い感じで仕事を請けるくせに、最後には投げ出すんだよな……。


    内心、ついてきてほしくない。
    まさに、ブッキに取りつかれた無関心くん状態である。

  • 麻生
    「まあ、俺としてもこんな雨の中、伊藤さんと外に出るのなんていやですけど、さすがに撮影担当は必要ですからね」


    伊藤
    「それにしたって、正直、なんで麻生さんなの? って気持ちがぬぐえないんだけど……」


    麻生
    「え? 伊藤さん、知らないんですか? 俺もサッカー部だったんですよ? まあ、リフティングとかは全然できませんけど……せいぜい、5回くらい?」


    伊藤
    「部活で何してたんだよ!」


    麻生
    「当時はサッカー部ってだけでモテたんですよねー」


    そう。麻生はこういう男だ。『モテるかどうか』が行動原理の中心。それ以外は適当。


    今でもマッチングアプリを活用し、多くの女性と交流を持っているらしい。
    実に羨ましい話である。そのマメさを仕事にも使ってほしいけども……。



    麻生
    「それじゃ、制限時間は1時間。ボールが川とかに入ったら失格ってことで」


    そう。今は麻生の話をしている場合ではなかった。
    誰も巻き込むことが出来なかった以上は、せめて結果を出さねばならない。


    俺は、足元に転がったボールに集中する。


  • 霧雨はいつしか雨粒となり、じっとりと俺の体とボールを濡らしていく。
    時間がかかればかかるほど条件は不利になるだろう。
    動けば動くほど体力は削れていくし、雨が降れば芝生もぬかるんで滑りやすくなる。
    麻生は1時間と言ったが、まともな環境でリフティングできるのは30分がせいぜいだろう。


    俺は長谷川に教わった通りにボールを抱え、太ももで数回蹴ってみる。
    ここで気付いた。
    ボールが水を吸って重くなっている……。


    伊藤
    「これは、マジで短期決戦だな」


    麻生
    「それだと助かりますね。それじゃ、いきますよ」


    麻生が、スマホの動画ボタンを押す。
    この記事では動画を見せることは出来ないが、編集部内の検証用に撮っておくそうだ。


    俺は丁寧に、しかしながら素早く、ボールを蹴り始める。


  • よく漫画で集中すると、音が聞こえなくなると言うが、あれは嘘だ。
    むしろ俺の場合は、より明確に聞こえてしまう。
    雨粒が芝生を叩く音。車輪が線路を擦る音。自分の太ももがボールを蹴る音。
    それから、麻生が回数を数える声。



    麻生
    「13! 14!!!」


    15回目に向けて伸ばした脚は届かず、ボールが転がっていく。
    それにしても、ちょっとやっただけでマジ疲れる……。高校生の体力が羨ましい……。


  •  実は、俺は練習でも15回を超えたことはない。正直、30回チャレンジにしておけばよかったと後悔している。



    麻生
    「まあ、初回としては上出来じゃないですか? あと36回です」


    伊藤
    「それ、ブッキのセリフじゃん! 麻生さんに言われても響かないよ!」


  • 麻生
    「あれ? バレました? ブッキ風に言えば伊藤さんのモチベーションも上がって、さっくりリフティング成功して、早く帰れると思ったんですけど……」


    伊藤
    「ちょっと黙ってて、集中させてよ……」



  • 俺は結構ストイックだ。
    しかもお調子者で、周りのノリに流される。
    だからこそ、こんな企画にも乗っかってしまった。
    一週間、努力した。
    昨日もたっぷり睡眠をとったし、体調は万全だ。
    せめて、結果を出さないといけない。
    そうしないと、周り以上に、自分が自分を認められない。


    俺は、全力で集中して10回ほどチャレンジをした。
    しかし、14回の壁を破ることは出来なかった。


     疲れ果てた俺に、麻生が声をかけてきた。



    麻生
    「伊藤さん、そろそろやめておきましょう。また次の機会がありますよ。足腰立たなくなっちゃいますよ?」


    伊藤
    「うるさいなあ。静かにしてくれよ」


    カチンときた。が、次の瞬間、俺はとあるシーンを思い出していた。


    これは、ブッキが主人公に向けてはなったセリフのパロディ……。
    このセリフをきっかけに主人公は、最後の力を振り絞るのだ。


  • 麻生を見ると、にやりと笑っていた。
    こいつ、俺のモチベーションを上げるために、再びブッキのセリフを持ち出してきやがった。


    疲れ切った体に、熱が復活してきた。
    パロディセリフに素で返してしまった自分が恥ずかしい。
    それをわかっていてにやりと笑った麻生が憎い。
    そして何より、諦めそうになっていた自分に怒りが湧いてくる。


    伊藤
    「あと一回くらい、やれる時間あるでしょ?」


    麻生は軽くうなずいて、録画ボタンを押す。


    麻生
    「14回目の計測行きます」


    最初の一蹴り目から、感触が違った。
    容易く15回を超え、その後も足にボールが吸い付いてくる。
    ついつい、口元が緩んだ。

  • 麻生
    「20! 21!……」


    20を超えた! と思った瞬間、ボールが遠くに飛んでしまう。


    伊藤
    「うあああああああ!」


  • 麻生
    「……22!」


    なんとかギリギリ膝に当てて回数を稼いだ。
    その後、疲れ切った体で5回ほどトライしたが、22回を超えることは出来なかった。


    麻生
    「伊藤さん、もう帰りましょう。この雨じゃ無理ですよ……」



  • 撮影すらままならないほどに雨脚が強まり、俺のチャレンジは失敗に終わった。


    伊藤
    「石橋さんに、失敗って報告しなきゃな……」


    俺の心はこの空のように曇っていた。
    だからこそ、俺は気付かなかったのだ。
    麻生の俺を見る目が、リフティングに挑む前とは少しだけ変化していたことに。


    (後編に続く!)





前回の記事はこちら

「かーくん、努力を知ろう!」前編

  •  

「かーくん、努力を知ろう!」後編

  •  

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